博士課程を修了した。博士を経験したことは非常によかったと思う。いくつかの視点で得られたものを書いていきたいと思う。
- 人に説明できるぐらいに言語化することは、研究者においても重要
- 多くの論文において、新規性(何が新しいのか)やそれをどう成し遂げられたかを説明する必要があるから。
- 一切合切を隠蔽した「すごいもの」で許されるのは相当すごい時だけ。これは概ね、論文という形式がとらえることは少ないから。
- 研究者の社会的位置づけについて、よりはっきり自覚できるようになった。
- (工学)研究者は国を主なスポンサーとした、提案事業に大きく貢献している。
- 提案できるかどうかは、その人がやっていたことに起因する
- 分業形態として、分野の目的を追い続けることは、技術発展として重要
- 経済合理性を考える民間企業では採算が合わずにアクションできないから。
- 逆に、民間企業がここから先は立ち入ってはいけないというラインがうっすら見え始めた(ただし、大企業研究所を除く)
- (工学)研究者は国を主なスポンサーとした、提案事業に大きく貢献している。
- 知識は、言語化することでより整理される。
- 論文というフォーマットがある程度身についた。
- 工学においては背景の真実味は「納得感」の範囲であり、そこを議論するものではない。
- 研究としての成果に対して、どこまでのことが必要か勘所の片鱗が見えた
- ゆえに、他分野の方々にも尊敬の念が深まったし、それを全部やることは不可能であるというあきらめがついた。
研究で自分が満足いく仕事をするには、年齢的に厳しいこともあるし、研究としてはほかの方々が大いに進展させるであろうことから、研究からは、ある程度撤退かなと思っている。
元々の思いである、組織と意思決定に自然言語処理を生かしていけるように、これらを生かしていきたい。