マインドと社会

マインドと社会のインタラクションについて、科学技術や経済の変化を統合させながら考察します。

包摂に労働は必要だろうか

昨今、人工知能ブームに沸いている世の中ですが、仕事がなくなるとも揶揄されています。

しかし、以前本ブログでも書きましたが、仕事の総量が減るかどうかは、私たち次第という面があります。

私たちがより消費を望めば、仕事は減りません。消費ということは、商品・サービスで人間関係を結ぶことを意味しています。

これは、

  1. 変なことをしたら、会社に損害賠償請求できる安心感
  2. 客として要求できる、優位性

が含まれています。話題になっている、労働の問題の一つは、2に起因しており、日本人の客としての態度とその悪客に対応してしまこととも言われておりいます。(もう一つは労働規制)これは、命令服従の関係に陥ってしまうからです。

以前ご紹介した、以下の本ではマインドと社会の関係について書かれています。

 

Reinventing Organizations: A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness

Reinventing Organizations: A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness

 

 これは以下の通りです。

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http://agilitrix.com/2015/02/culture-change-reinventing-organizations/より

 

命令・服従関係が左の赤いところです。市場の企業群はオレンジのものです。

オレンジのゾーンが命令服従関係よりましであるのは、費用対効果という面で、不当な要求を退けることができるからです。

しかし、オレンジのゾーンは利害のみの社会ですので、利害が一致しないと協力し合えないですし、利は状況によって刻々と変化するため、協力体制としては問題があります。

 さて、前置きが長くなりましたが、これは個人のマインドの持ち方が社会に影響しますし、社会のありかたが個人のマインドに影響を与えることを示唆しています。もちろん、マインドだけではありませんが、それは、全体として命令・服従関係に入る必要性がある場合です。それは、主に資源制約の問題ということです。労働の観念はここに起源があります。昔の農民を考えれば、自由が少なく、しかしそれは社会全体で食べていくのに必要であったこと、また状況を改善する土木工事に必要で、その余剰を稼ぐためにも、集約化する必要があったことがわかります。

 しかし、現代において、資源制約は大いに解消されつつあります。その際、どういうマインドで社会関係を結ぶかが重要になります。包摂に労働が必要かという点は、地域社会に対しての論点です。

 情報技術リテラシーオープンソースの安定性があがり、生産性があがることで、より少ない人数でいろいろなことができるようになります。

 これは、2つのパターンを生み出します。

  1. 市場で提供されるものに対する観点が固定的であれば、労働は減る。ベーシックインカム等の再配分政策があり、プライベート関係で搾取されなければ、おおむね個人は自由になる。
  2. 市場で提供されるものに対して、多様な観点があれば、労働は増える。マーケットも広がる。この場合、市場活動に対して個人の自由度が増す

1は顔の見える範囲でのコミュニティーで完結するほどの生産性向上が見込まれます。この場合に、包摂には労働が必要か。つまり、コミュニティーに参加するには、効率が悪くても、何かしらの貢献が必要かという論点が出てきます。

今日はここまで。

<備忘録>

1なのか2なのか。その他の論点はないかの考察が必要。