マインドと社会

マインドと社会のインタラクションについて、科学技術や経済の変化を統合させながら考察します。

最近の考えたかの変化(メモ)

最近、改めて興味が組織論から経済学に移った。明らかに、今の職場に移ったことが原因だが、それを整理しておきたい。

 

<組織論に対する見方の変化>

1、組織が小規模でも(だからこそ)、意識合わせ問題(戦略の必要性)は生じる。

2、カレンダーとタスクの順番、目標の逐次見直し、合意形成(会議)がプロジェクト。ITはツール。開発スタイルもツール。

2.1、その場合大事なのは、UX

3、本質的には、会議が重要

4、組織規模が小さいと調整が効きやすいので、納得感が違う

5、会議の準備と持ち出し方が重要になる(よって、情報の編集能力としての人間は以前必要)

<経済に対する見方の変化>

1、民間企業に移って、市場の機能が良くわかった。

2、生産性を上げるには、市場の機能は重要。

3、同情は逆に硬直化される。厳しい態度でもいい。(市場関係においては)

4、弱者救済などは、別建で考えたほうがいい。

5、需要側の政策も効くし、それで未来も変わる。(これは学生から社会人になってから)

<混合する部分>

1、情報はネットワーク

2、配分は所有権

3、戦略は設計

<意思決定の見方の変化>

1、アクションとしては、やるかやらないかしかない。

2、何をどういう位置付けでやっているのかが把握できれば良い

3、意思決定で欲しい情報も、アクションに対する影響と見込みの確度とトレードオフ

4、これが客観的かつ定常的に決まるのであれば、自動化は可能

<上記を踏まえたポジショニングとして>

1、データ分析者を目指すなら、経済の方が専門性もあるし、重要性も高そう。(マーケター向きでもあるし)

2、ファシリテーターやマネージャーを目指す気があまりない。

3、みんながどう考えると、全体構造がどうなるのか気になってる。

 

 

 

 

 

組織論とミクロ経済から見る、評価・信頼・分業・賃金・動員の影響

前記事で生産力の向上について述べました。(生産性ではないことに注意してください。貨幣的評価が入るので、単純に効率的に作る能力としての生産力としました。)

しかし、主に1組織または1系列における、人の動きを考慮しない生産力という観点でした。情報処理の面で、人の制約は考慮しましたが、欲求やインセンティブ、価値の感じやすさや交渉過程など、ある種の「人らしさ」の面がありませんでした。そのため、人の動きを含めた考察が抜けていました。本記事では、人の動きを考慮するうえで、組織およびミクロ経済に着目して述べていきたいとおもいます。以下の前職で提出したレポートが基本発想となっているので、合わせて参照していただけるとさいわいです。 

 

 

 先の記事で上げたのは以下の関係性でした。

P = f(n,t) constrain Stability, Safety

P: 生産する対象、n;人数、t:時間

and Production power is indicated by n and t. The smaller n,t are  the better production power is. また、これは金銭的なやりとりが入った段階で、単純に生産性において、分母が小さいことと同じです。

生産する対象の効率性という面では、経営学では、規模の経済と範囲の経済が知られています。

規模の経済とは、生産量の増大に伴い、製品の単価を下げて生産を行えるようになることを言います。範囲の経済とは、事業の多角化によって、製品の単価を下げて生産を行えるようになることをいいます。前者は、規格化を行うことで、機械による自動化が可能になることで発生します。後者も同様ですが、多種類の製品の共通部分を取り出すことで、可能となります。なお、範囲の経済においては、知識の共有化もその現象成立の要因と言われています。

 規模の経済や範囲の経済はともに組織を大きくする、外因となります。しかしながら、組織が大きいことは、生産力を下げる内因をはらんでいます。

  これには3つほど内因があると思われます。

1、人間の情報処理限界から、階層性が生まれるが、上部でルールが制定され、下部の柔軟性を喪失するため

1−1、下部の柔軟性が喪失されることによって、人が指示を受けてから動くようになるため

1−2、構造を変更する時に、上部を変える必要が出てくるが、これを上部に伝達し、実行することが困難になるため

2、人が、他人と同じように扱われないことを妬むため、ルールを可能な限りの一律に処理する必要があるため

3、規模が大きいと、動員や影響を受ける人数が増え、そのため一つの行動のリスクが高まるため

(1−1、1−2は1に付随して起きること)

 

これに、金銭的なやりとりを入れていきます。

高度に分業化された今日の社会では、生産したものを自分たちで消費することはあまりありません。むしろ、ほかの誰かと交換するのが常です。(専門分業の効率化によって、このような体制になります)そのため、生産した対象が交換の対象となるかが重要です。(特に貨幣を媒体して交換されるものになるかどうか)

 この交換自体は貨幣の量という基準で行われます。そのため、「生産したものはいくらで売れそうか」ということを考慮にいれて生産を行います。この段階で、「価値」という側面が入ります。貨幣による交換が確立すると、 n*t = w(賃金)として算出可能になります。(往々にして、希少な人材ほど単価が高くなります)

 ここまで、将来予測(期待値)を考察に加えます。これは、組織にかぎらず、個人についても同様です。

 将来の予測値が確度高くわかれば、それを基に最適な規模の生産を行うことが可能です。しかし、予測値はよくわかりません。しかし、成果がでれば評価され、予算が多ければ成果がでる可能性がたかくなります。そのため、一度組織で分業したあとは、予算を配分するにあたり、如何に自分の事業が伸びそうかということのアピール合戦になります。このアピール合戦が組織の中の政治です。しかし、一方で勝ち取ったものには責任がつきまといます。それは、責任という概念がそもそも不確実な将来に対して、損失補てんを行うということに該当するからです。(その最大の罰は死ぬことであると人々が思っているので、最高峰が死刑になります)

  評価という軸が出てきたので、評価について記載します。評価とは、AさんがBさんのことを、どのように感じているかが根本です。生産活動における評価は、主に仕事ということになりやすいです。評価は、一般化しない方が多様性を担保できます。組織は、この一般化されない(=市場でそれ単体では金銭価値を生まない)活動を評価することが可能となります。研究開発の実用化を例にして考えます。

 研究者はどのような問題で、どのように解決できるかを最もよく知っています。しかし、製品として安定して供給できるとは限りません。そこで、エンジニアが製品として安定させるプロセスの開発を行い、安定したある製品にします。しかしそれでは、使い方(ビジネスプロセスの中でどこに組み込むか)が分かりませんし、それでは存在が認知されません。そこで、営業が売り込んで、どこであれば使えるかということをお客様とお話します。

 これは、エンジニアと営業は現在の供給という面で評価されやすいですが、研究者はそうではありません。しかし、将来的には研究者も必要となります。研究者を養っていくためには、市場とは別の研究者を評価する組織が必要ということになります。

 評価もまた、私たちの3つの限界によって、束縛されます。評価においては、特に視野の限界に束縛されます。少数の人が評価するほど、評価の軸は減っていきます。また、少数の人が評価するとはつまり多数の人が少数の人に評価されることを指します。これは、多数の人は評価する側に回れず、また評価される側もその指標が視野となるため、若干の差異はありながらも、同じような評価指標を持ちがちになります。

 最後に組織政治ということで、人脈=ネットワークについて考えます。人ほど、人にとってのデータベースになるものはありません。言語的な伝達のうまさ、認識している事実など、人が一番のデータベースになります。そのため、人脈はデータべース的側面を持っています。特に、抽象的な支持やコミュニケーション、社会的な事象については、いまだ人間以上の存在はいません。このネットワークは情報の伝達経路と強度を決めます。インターネットの発達で、言語的かつ一般的な情報は多くはいるようになりましたが、ローカルで体系的な情報はやはり人に依存しているのが現状です。一組織であれば、その傾向はより顕著になるでしょう。

 以上を仮説形式としてまとめます。

1、規模の経済と範囲の経済により大規模組織になる要因が外的にある

2、組織は市場では評価し得ない人材を評価し抱えることができる=複雑なバリューチェーンは組織化することで、多くの人にとっての価値となる

3、人はだれかを動員する時に、責任を伴う。責任は時に賠償を伴う。

4、評価は人の視野の限界によって、その軸に限界を持つ

5、ネットワークは情報収集力であるとともに、動員の力にもつながる。

さて、この仮説からどのような動態をシミュレーションできるでしょうか。(マルチエージェントでできればいいのですが、力量がないので、脳内シミュレーションでいくつかの仮説的な動態を提示します)以下では、個人が可能な限りネットワークを張りつつ、多様な評価を可能とすることで、「イノベーション」がより個人が自由にふるまうことができるようになるという主張をします。(イノベーションが括弧つきなのは、それが金銭価値になるとは限らないという意味です。また、この中で、イノベーションとは、評価軸の変更とバリュープロセスの変更と考えています。)

メインは、上記論考の5章に基づいて、3つの限界を組み込んだ形で述べます。フレームワークは以下に再掲します。

 

f:id:meshitahiro:20170318094529p:plain

 

http://futureconsiderations.com/2015/01/reinventing-organisations/

 

この図の切り分けは、先の5つの仮説から外部的な条件と人々のマインドの在り方によって、ある程度導出可能です。

 その前に、人がマズローの5段階欲求に大まかには従っていると仮定します。

f:id:meshitahiro:20170318094213p:plain

 

 

http://www.motivation-up.com/motivation/maslow.html

 

 結論としては、自己実現がたの深緑色組織が最も効率が良いのですが、その理由として、以下が該当します。

1、個人が帰属意識を持つため、可能な範囲で全体を見ようとする

2、帰属意識は信頼性につながり、信頼し合っていれば、個人が素直に情報開示するため、必要な情報が吸い上げられやすい

3、ネットワークがあると、その情報が伝播しやすい

4、個人が役割を自覚して動くため、分業の指令を不要とする(逆に個人のスキルセットに依存する)

5、ユニットが小さいため、バリュープロセスの切り替えを行いやすい

6、承認プロセスが減るため、承認者を待つ必要が減る

7、信頼ゆえに、既存の評価がない場合も、主張する個人に時間が与えられる

8、個々人のリテラシーが上がりやすくなるため、良い意思決定を行いやすくなる

それでは、一つずつトレードオフを見ていきます。

 規模の要求と評価の多様性については、すでに論考の中に記載しています。(P28の「以上〜の段落中」)これは、つまり、集約による規模性は評価の多様性を阻害する傾向にあるということです。(権限と予算が委譲されていれば別ですが、それはほとんど別会社と言っても良いものになります。)集約性が評価の多様性を阻害する要因は、動員リスクとそれに伴う動員される側の自主性の阻害と視野の制約によるものです。

 集約性が高まると、一動作の損失が大きくなるため、間違えない意思決定が重要となります。そのため、間違えない意思決定をするために、意思決定を最もよくできる見込みのありそうな人に委ねるようになります。これによって、評価がその人の視野に制限されるとともに、その役割分担から意思決定しない側の人間もその評価軸に沿うようになっていき、評価の多様性が下がります。

 次は、規模とネットワークです。規模とネットワークは相互に強め合うポジティブフィードバック関係を持っています。規模が大きくなると、意思決定者が特定されてくるという問題は全段落の通りです。そのため、情報が一部の人に集中するようになります。それは、その一部の人が提案を受けるため、そこに情報が流れるからです。また、それによって知り合うという関係故に、そのあともお互いにアクセスが可能な状態になります。(逆にこれがあるしゅの複雑さを回避することにもつながっています)情報が集まることで、「より正しい判断」を行えるようになる可能性が高くなっていきます。それ故に、意思決定者と動員される人々の乖離はより広がっていきます。(しかし、この役割分担は、必ずしも間違ってはいません。多くの人が長期的に必要になることを評価できるとは限らないからです。) 一方、個々人がネットワークを広く持ちうる場合には、情報格差が生じにくいため、このような差異も生まれにくく、議論をして意思決定をするというパートナー的関係をお互いが築きやすいです。(そのため、意思決定者と動員される人という対立も減ります)すると、個々人のやる気も出ます。

 最後に評価とネットワークです。これは極めて直接的です。誰につながっているかは、誰に評価されているかと同義だからです。その中で、誰の評価をどの程度気にするかということが、個人の動き方を規定します。(研究者も研究コミュニティーの評価をそれなりに気にしますし)評価の影響力は、評価者の社会的信用力(金銭や地位)に依存します。組織内では、上長やその上の影響力が強いでしょう。これへのカウンターが360度評価です。しかし、すべての人にとって良い行動が必ずしも良いとも限らないのが世の常です。ただ、往々にして近くの人は文脈を一部共有していることが多く、ビジネスにおいては、そればバリュープロセスの一端を占めているので、合理的でもあります。5区分のモデルでは、信頼度が高いほど、上長の評価の影響力が小さくなります。

 以上をまとめると、

1、外的要因としての、資源制約性・社会リスク

2、それらの元で、規模(働きかけと合理性の限界要因)、評価(視野の限界要因)、ネットワーク(働きかけと視野の限界要因)の相互依存関係

3、内的要因としての相互の信頼関係

4、その表れとしての、組織の5段階説

と言うことです。

 次の記事で詳細を述べますが、オレンジ型までの社会の問題は、結局は動員される人のリテラシーが上がらないということに尽きます。これは、社会において、生産力が高度に上がったため、労働者の必要数と価値が下がってしまい、金銭レベルでの余裕が減ってきて、多くの人が期待を持てなくなった結果、尊厳を傷つけられ、怨念が募り、視野狭窄に陥ることで、政府側(共同体側)も投票制故に、意思決定の幅が狭くなってしまったということにあります。これは、グローバル化及び新自由主義思想が根本にあることが原因ではありますが、これに加えてインターネットが情報構造を変えて、「メディアの範囲が国家の範囲」であったことを変えてしまっていることも要因ではあります。(単純に言えば、再配分が機能していないということです。)(実際問題として、再配分問題がない場合、必ずしも深緑型社会が良いとは言えないです)

システム工学から見る生産・安全性・コンポーネントの原理

足立研セミナー:「こうのとり」の制御系安全設計の実際とその後の取り組み - YouTube

 

この記事は、このyoutubeの動画に大きく依存しています。

 この論考の目的は、先の記事にほのめかしていますが「私たちがより自由かつ豊になるにはどうしたらいいのか」ということです。

 この点についてまず着目したいのは、道具です。特に機械は産業革命で私たちの生産力は大きく向上しました。生産力を高め、物質的な供給が満たされていることは、豊かさの一つの条件です。これによって、穀物生産に従事しなければならない人を減らせるので、余剰が生じて、さらに効率的な道具やほかの農産物の生産、サービスの提供が可能になります。

ということで、ここで仮説を一つ置きます。

S仮説1:人は道具によって、生産性を向上させ、余剰時間を手に入れることができる

S系1:さらに工程を切り分け、自動化を行うことでより生産性を向上させた。

 つぎに、人工物の生産ということに着目し、その生産力がどのようにして向上するのかをまず考察します。

 道具は、必ず要素の組み合わせと加工から成立します。桑や鍬は、鉄をある形に成形するとともに、木の棒を取り付けることでできます。少し効率化すれば、手押し車付きの耕作機になります。エンジンまでつけば、トラクターになります。衣類に目を向ければ、はじめは素手で織っていたり、単純な毛皮でした。これが、針と糸でよりきめ細かくかつ頑丈につぎはぎできるようになり、無駄がへりました。動力をつければ、ミシンになります。モーターがつけば電動ミシンになります。電動ミシンになれば、素手の何十倍も衣類を作り上げることができるでしょう。移動についても、はじめは徒歩だけでしたが、馬に乗ることで、移動速度を高めることができるようになりました。さらに、馬が引っ張れる馬車によって、移動人数を増やすことができ、エンジンがつけることで、自動車が誕生しました。自動車の誕生によって、馬よりも安くなったため、多くの人が高度な移動手段を手に入れることができました。

  このように、機械は明らかに人の能力を向上させることに成功しました。この機械をつくる機械も誕生するようになりました。

つまりは、生産力の向上にはさらに以下が伴っていると考えることができます。

S仮説2、より多くの部品が組み合わさって、全体として機能するものを生産する必要がでてきた

S仮説3、全体としてうまく機能するために、より多くの部品の保証を取る必要が必要になった

S仮説4、保証と生産のプロセスを高速に行うため、専門分業が発達した

S仮説2を深堀します。

(より詳細な議論は自分が修士の時に書いた論考をご覧ください。以下では、ここの思考過程をベースに論を展開しますが、これ自体は記事にはしません。また当時の設計論は安全要求の議論を欠いていたので、それを加えて再考します。なお、どのような冗長系をどの程度とればよいのかという点については、対象外とします。システム安全の専門家の方にうかがいたいです。)

設計はまず望む対象が備えるべき機能の要求を行い、機能要求が済んだのち、それを可能な範囲で数値的な要求にします。

数値的な要求が全体として決まれば、その後、それを部分に展開します。この部分一つ一つが要素です。全体を要素分割する行為を構造(アーキテクチャ)設計と呼びます。

このアーキテクチャ設計は、生産にかかる費用、サブ機能の設計の容易さ、最終的な動作の安定性・正常性を取りやすいことなどを加味して分割されます。(安全ではない状態とは、想定外の動作をすることです。)

 設計の生産性が上がるとは、すなわち設計指標が定まり、その数値基準が判明し、要素の組み合わせ方が分かるということです。(なお、設計と製造は実際にはインタラクティブですし、製造の習熟効果や製造自体の高度化で設計の制約条件が変わることがあるので、常に一定ではありませんが、一度製品として完成したものを変えることはないので、これで十分とおもわれます)近年では、シミュレーションの精度も上がり、設計指標が決まればほとんど最適化可能となっています。(あとは形状という連続ゆえに無限である変数ぐらいでしょうか)

 余談ですが、そのため、むしろ機能設計をどのようにするかという点が、価値の源泉になり、重要になってきている場面も多く、このあたりが「デザイン」とか「UI」とか言われています。さらに、最近では「参加性」による消費者巻き込みがたなども出てきており、価値空間上での設計が重要視される傾向があります。(相互関連性は上記論考の図1.8を参照ください)家電や半導体における日本企業の敗北は、機能や価値指標の転換を認知できなかったこととも言われています。(家電は機能をシンプルにしてコストを抑えること。半導体は高性能かつ高品質ではなく、露光工程を自動化してコストを抑えること。半導体については日本「半導体」敗戦に詳細あり)

 つぎに、S仮説3です。実際に設計したものが、どのような想定外でどのように異常モードにはいるかわかりません。そのため、異常モードを起こさないための試験と異常モードを起こさないための、冗長システムが組まれます。この保証はやればやるほどコストが嵩みます。そのため、状況に合わせた必要最低限に抑えることと加えてリコールなど、社会的な制裁によって埋め合わせをします。(このあたりは責任論、保険と絡んできます。)そのため、こちらについては、社会的な価値の方がより反映されます。(中国では、人の命が軽いから、シンチェンでイノベーションが起きやすいなど)安定状態を担保できないことと身体的危険への責任の重みが、ここのコストを決めます。UIやUXは、ユーザーの使用が必要な部分でもあるため、早めに公開したほうがフィードバックを得やすいです。そのため、プロトタイプ論が近年はやっているのでしょう。

 この点についても、日本はモノづくり発想が強く、ソフトウェアも品質にこだわりすぎたため、敗北したともいわれています。(もちろん、プログラミングが英語発送なこともありそうですが)近年のマイクロソフトは最初に無料で配ることで、バグだしをしているともいわれています。もちろん、医薬品などは副作用が身体的影響をきたす場合もあるので、安全性の確保は必須ですし、だからこそ開発コストがかかるのでしょう。

 最後にS仮説4です。これは、人間の情報処理限界によって要請されます。人間の限界は、塩沢先生のものを引用します。これは以下の3つの区分があるといわれています。(別添の論考の思考過程が、人間の特性に対する仮定1とするとこれは仮定の2にあたります)

1、視野の限界

2、合理性(計算速度)の限界

3、働きかけの限界

複雑さの帰結―複雑系経済学試論より)

視野の限界は、人ひとりの知識と興味が世界の全現象に比べれば、局所的ということです。人は昔から、この問題にたいして、必要な情報を分類して対処します。要は、興味の範囲について、特徴量を抽出しています。この部分は検索システムが現代ではやや緩和してくれています。

合理性の限界は、問題を最適化問題として定式化できても、それを解けるとは限らないということです。人は、この部分に対して、ルールと満足水準対処しています。ルールとは、Aの場合はBをすると決めることです。これは、プログラムとしてみることができます。今は、プログラムによってルールを自動化することが可能になり、計算もコンピュータサイエンスの発達で多くの問題が解けるようになりました。満足水準とは、前よりもいいということです。(これは、科学のベイズ主義ともつながります。一方、アブダクションは、組み合わせ最適問題の探索とみることができます。)

働きかけの限界は、問題が解けても、他人に作用させるのに限界があるということです。人は、この部分に対して、上2つを一部の人に託し、他多数を実行部隊とすることで、緩和を行ってきました。この部分は、情報の伝播に限り、検索によって緩和はされました。また、機械・ロボットはこの部分の限界を緩和していると言えます。

さて、これらがゆえに、人は専門分業するとともに、コミュニケーションとり、複雑な問題を組織として解決しています。これらを効率化するには、前提としての教育システムと人事異動体系があります。一組織内では、あまり確立された手法はないというのが、個人的な所感です。なお、専門分化による弊害は、多くの場で指摘されており、専門分化によって、専門外の指標が分からなくなることによって、人事転換の困難さを伴うようになるとともに、コミュニケーション上の支障がでたり、評価の対立が起きたりしています。人事異動はそれ以外の要素でも決まるため、より総合的な判断としてなされているということはできるかもしれません。なお、次の組織論に最も通じる部分ですが、製品として満たすべき指標というのは、あまり変わらないですが、安全性をどの程度重要視するのかなどは各組織によって変わってくる点と思われます。ここには、何を重視するのかという点で幾分政治性が介入します。

 一方で、S仮説4については、経済という視点でみれば、金銭的な交換によって、効率化しているとみることができます。これは今後の論考で明記していきます。

 S仮説3とS仮説4については、データベースおよび検索システムによって、効率化が図られています。これは、こういった知識がほとんど文書によってやり取りされるからです。S仮説3については、数値基準できまるものは、国が規制をデータべース化すれば、ソフトウェアで対処可能になり、最適設計がより円滑になることでしょう。

 以上をまとめます。

人は、道具によって生産力を高めていきましたが、また工程を一部自動化することでさらに生産力を向上させました。一方でこれらは、高度な設計(物自体のみならずプロセスも含めて)を必要するようになりました。高度に設計されたシステムを安定的に異常を回避しながら運用するために、設計時点での安全性検証を要素毎に行う(安全性担保のために統計などが使用されます)とともに、システムとして動作することを担保するように、冗長系を取るようになりました。これとともに、専門分化をすることで、より生産力を向上させました。

 つまり、「生産力を向上させる」とは、

P1、安定動作する複雑なシステムをくみ上げる能力

P2、1を可能な限り自動化し、少ない人数で実現すること

P3、1を可能な限り短期間で行う

ということです。

そして、経済における人の駆動という点においては、

E1、複雑なシステムの構築は人数と期間を増加させる

E2、人間の数が同じであれば、システム構築に人でがかかることは、その他供給を抑止する

社会的な対処として、

O1,組織を形成する

O2,専門分業を行う

O3,ルールを制定する

 といえます。

最後に余談ですが、設計指標とそのパラメータを設定するという。「特徴抽出」の行為について、現在は人間しかできませんが、機械学習の進歩がこれらを可能にするのではないかという議論があり、これが「人工知能が人間を凌駕する」という議論の根幹ですが、今のところ、物理法則の特徴を自動で抽出したという研究成果はなさそうです。しかし、そこまで可能であれば、より効率化していくことでしょう。

 

 

 

 

 

 

インターネット的構造は本当に人々自由かつ豊にしているのか

 

富国と強兵

富国と強兵

 

 

中野さんの「富国と強兵」を読みました。

近代から戦後にかけての政治経済分析として、非常に面白かったですし、何よりなぜ、いまこのような状態になっているのかという分析としても、最も一貫性を持った説明だと思いました。

 

さて、この本の要点をいうなれば、

<国家的観点>

1、国家的枠組みは国際関係によって規定される。特に戦争。例としては、デーン人と戦うことで、イギリスが出来上がり、フン族やイギリスと戦うことで、フランスができあがっていった。

2、国家的枠組みがある場合は、戦争が民衆により力を与える。イギリスでは、戦争の動員のために、福祉政策などが実行された。逆に国家的枠組みが当時薄かったイタリアは、戦争動員が強制的側面を帯びた。

3、国家が成立することで、日々の調整を可能とする「インフラストラクチャー

権力」が成立する。(法システムと懲罰実行のシステムなど)

<経済的観点>

1、生産力を向上させるのは、自由主義ではなく、政府の巨大投資。

2、これが、マクロ経済政策の財政政策。

3、戦争は財政政策の良い例。大量生産方式は、軍服や砲弾の大量需要が一気に広めた。

ということで、戦争に規定された、国家的動員が生産力を向上させ、国民にバーターとしての権利を付与してきたということである。

 

また、戦争の結果見えてきたこの種の政策は、ケインジアン的政策の基礎となるとともに、資本主義では、生産力の高まりとともに、供給過剰と需要不足に陥るが(より少ない人数で生産できれば、賃金をもらえる人が減るため)、そのため、海外市場を求めるという、経済帝国主義になる傾向があったが、ケインジアン的政策によって、調整を行えば、これを防止できるというのである。

一方、経済自由主義は、供給力を向上させ、デフレを引き起こすが、これは、金融階級に有利になる。なんとなれば、貨幣価値の向上はすでにお金を持っている側を強くするからである。そして、労働者階級が弱くなっていき、生産力が落ちていく。(供給力は生産力ではないのです。)現に、イギリスがアメリカやドイツに負けていったのは、この構造であるという。

 

現在、先進国内では、非常に似たような状況になっている。

アメリカは上位1%が資産の50%以上を持つような状況になっており、大半は金融家である。アメリカは経済自由主義に舵を切ってから、生産力が落ちていき、製造業の多くが没落していった。これは、関税を引き下げることによって、海外の安い労働力に負けたことが、大きな要因の一つでもある。さらに、会社の利益は従業員に賃金として還元されず、株主に還元されるとともに、労働力をより安価にするために、非正規雇用が多くひろまり、労働者のスキルが向上しなくなった。

日本も小泉政権以来、この構造を取り入れており、貧富の格差が広がっている。

 

本書の分析は、ここにとどまるものではなく、より深く広い分析がなされているので、一読の価値ありです。

 

さて、この本の発想から、インターネット的なものが本当に人々を開放しているのかということを考えます。

 

 インターネットによって、個人の発信力が強化されるとともに、どのような情報にもアクセスできるようになりました。これは、消費者の評価を伝えることが可能となり、消費者側に権力が移行したと評する人もいます。ロングテールなどの現象に代表されるように、多くの人が、自分の嗜好にあったものを簡単に購入できるようになりました。

 youtubeやブログなどの媒体は、個人が情報発信することを可能にすることを可能にしました。また、アラブの春といった民主カ運動もfacebookがそのつながりを生んだといわれています。

 近年は、ソフトウェアが必ずしも商用に寄らなくなっており、オープンソースによる開発なども注目されており、これを支えているのもインターネットです。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略では、インターネットがフリーミアムという新しいビジネスモデルを打ち立てたといわれ、「MAKERS―21世紀の産業革命が始まる」では、ものがインターネット的に配布される世界が3Dプリンターを通して現れ始めると言われています。

 この構図は、本当に人々をより自由にし、豊かにしているのでしょうか。

 

これについて、以下の分析を行いつつ、統合していきたいとおもいます。

1、システム工学から見る、生産力の向上

2、組織論とミクロ経済から見る、評価・信頼・分業・賃金・動員の影響

3、マクロ経済から見る、経済システムの影響

4、これらの統合としてのイノベーション論と政治

5、国際関係を踏まえた上記枠組みの修正

 

 

 

 

 

 

 

 

エマニュエル・トッドの「世界の多様性」を読んで

以下の本を読みました。

簡単に本書を紹介すると、ソ連崩壊やEU崩壊など、数々の政治経済的現象について予言を的中させてきたエマニュエル・トッド氏が、1983年に出版した「第3惑星」と1984年に出版した「世界の幼少期」という2部作をまとめて1999年に出版したものを日本語訳したものです。エマニュエルトッド氏は歴史人口学者なので、政治経済現象の予言は副業で、本来的にはこの本のような家族構造や人口統計指標から、政治イデオロギーや経済発展について説明を行っていくことが本業です。

 

世界の多様性 家族構造と近代性

世界の多様性 家族構造と近代性

 

 

 「第3惑星」は、家族構造とイデオロギー構造の広がりについて類似をがあることをしてきしたものであり、「世界の幼少期」は近代への発展がどのような家族構造によって変化があるかということになります。

 この本をまとめて言ってしまえば、ある文化圏が近代に移行する時、識字率の上昇、出生率・死亡率の低下がみられる。これが、文化圏に差異を持っているのは、家族構造がことなっているからであり、またこの家族構造の違いが、表出するイデオロギーと関係している。ということです。

 識字率出生率、死亡率における近代への移行の速さは、女性の地位(財産相続権の度合いや権威としての機能。日本であれば、母親が教育を行うこと、妻への相続がみとめられていること)に依存しているということです。

 つまり、

1、子どもをちゃんと教育して識字率が上がる

2-1、男性の場合は、万人の道徳的理解につながり、民主主義へ

2-2、女性の場合は、「正しい子供計画、子育て、衛生」による出生率や死亡率の低下

となるということです。

また、ドイツや日本が製造業的に強いのは、3世帯で住み、長男の相続という基本形態を持っているため、縦に続く行動規範の継承能力があるということです。そのため、労働における規律が守られやすく、生産性が高くなるとのことです。また、規範継承能力ゆえに、つよい官僚制も特徴とのことです。(ちなみに、これらの携帯は社会民主主義イデオロギーになるようです)

 この書でもっとも疑問であったのは、「世界の幼少期」のまとめの部分で「国家は進歩の重要な要因として現れることは決してない」ということです。その根拠は、「国家によって決められる経済的な計画は、それが中期もしくは「長期」の産業計画であるかによって5年あるいは10年、最大限でも15年の機関を想定するにすぎない。・・・中略・・・成長の条件であり、教育のメカニズムの要素である識字化を説明するためには、世代から世代へと受け継がれてきたゆっくりとした、しかし不可逆な活性力を一般的な理論モデルに組みいれなければならない」ということです。定説から言えば、大規模土木工事にかかる集約を行うに際して、国家と言わずとも、ある程度大きな共同体が集権的に土木工事を行う必要があるのではないかと思います。しかし、それ自体が継続的に可能なメカニズム自体はイデオロギーであり、それは規範や資産分配の在り方であり、家族構造に依拠するということでしょう。

 今、日本において、私が問題と思うのは、IT産業です。ここ以外で、技術的高度さが日本において負けている分野はあまりないのではないでしょうか。

 IT産業はまさに、規範意識によって負けていると思われます。ITの良さは自由度を高めてくれることにあるからです。(別の問題は、実は言語にありますが)また、この規範意識アジャイル開発には向かないでしょう。

 工業化時代に成功した規範意識を、再生産しながら引きずってしまうのも、日本のイデオロギーなのかもしれません。

 

 

昨年の振り返りと今後の目標

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

年も明けたので、昨年の振り返りをしたいと思います。また、今後の見通しについて書いていきたいと思います。

<昨年の振り返り>

昨年は、大きなシンポジウムを担当したり、転職があったりで、自分にとっては大きく変化した一年でした。これらを通じて感じたこと、わかったことをまとめておきたいと思います。

1. シンポジウムを通じて見えたもの

 これを通じて、省庁の連携、大臣の扱いみたいなものが見えてきました。まぁ、大企業で社長を扱うようなものでしょうか。指揮・命令系統のトップにはおもねりますよね。変なことすると、評価が下がってしまいますし。

 ただ、利害対立がない範囲では、下々の者は連携するのだなーと思いました。交通整理を行えば、それぞれのことはそれぞれ行うのだなーと。この交通整理が厄介でしたが(笑)特に、大臣動線が。

 また、各業者のコントロールもこちらで行ったので、アマチュアが調整を行うも同然となった中で、それなりにはできたのかなーと思いました。

 このシンポジウムに合わせて、色々な無茶振りがいっぱいありましたが、この辺り、いかにプレゼンスを示して、リードを取っていくかという競争があったのは、役所らしい行動であったと思いました。また、このシンポジウムは、1年3回で持ち回りでやるはずだったのですが、続編が出てこないので、変わったのでしょう。この辺りの、コミットメントの弱さも、役所らしいと思います。

 その他に、役所的な組織の弊害として、役所の縦割りの影響を受けて、予算を使い切らないといけない(比較的マシでしたが)や、予算の流用の手間がものすごく行いづらいということがありました。税金という面でみれば、あれだけ大きな組織を監査するとともに、予算査定をしているという構造上の問題から、こうなってしまうのは仕方がないのですが、オペレーションの面では、国が非効率になりがちという面は否めないと思いました。

 国がやることは、やはり経済学でも言われているように、資本集約性が高くて民間のみでできないこと、公共財的性格が強くて民間のみではできないことに特化したほうが良いと思いました。これらは、情勢が変わらないことも多く、国のスピード感でも十分でしょう。一方、アメリカのように、国ではないところに資本を集約させ、ベンチャーにかけるということも、資本集約性はクリアします。国にするのと民間の独占主体を作るのは、使用用途の不透明性を事前にどれだけ認めるか以外に違いはないのです。(民間の独占主体はほとんど独裁政権と同じですが)

2. 若手研究発表を通じて見えたもの

 これは、上記の枠組みも含まれるのですが、組織の理念類型が見えました。人の行動は、組織枠組みに縛られますが、組織枠組みは、組織が置かれた環境に依存します。この環境因子は、信頼と規模です。一つの指標にすると、これら二つとも、「損失時の被害」です。大企業がニッチ産業に入れないこと、医者が白い巨塔になること、国が柔軟に動けないことはこれらに起因します。医者と国は、信頼が極めて重要になります。大企業は、規模が大きくなります。そのため、誤ることが難しいのです。

 ベンチャー企業はこれらが二つともないので、新しいことを行いやすいのです。ただ、信頼がないので、ビジネスが難しいのですが。

3. 転職して、民間に移ったことで見えたもの

 自然言語処理ベンチャーに移りました。民間に移ると、ビジネスとして、今何とかすることと、理想形として仕上げていくことのギャップが常に付きまとうことが痛切に感じられました。

 まず、ビジネス・経営という面について、今、どこに集中投資をするのかということが、企業にとって決定的であることがより通説に感じました。いつ、どのタイミングで、どこにどれだけ投資するのかの一挙手一投足が、生死に関わります。

 次に、ビジネスでは、出来上がっているものを求めるのだなーと思いました。情報技術系は、特に使わないとわからないのですが、そこの溝はあると思いました。だからこそ、ベータ版やファーストユーザー割引などがあるのでしょうが、ベンチャーでは、それができません。

 そして、製品には、やりたいことに対する「精度」が求められると思いました。精度と言っても、やりたいこと自体が何ができるかに依存しているので、そこから定義していかないといけない面は多分にあります。

 加えて、機械学習が意外と教師データない問題があると思いました。データを作るように、運用しながら導入すればいいのですが、それではスピード感が失われ、ニーズにも対応できないと思いました。教師データを信頼性高くつくることは難しいのだと知りました。教師データだけでなく、分類をどのようにしたいのかということを、どのように支援するかという問題もあります。情報の信頼度をどのように担保するのかということは、調査したほうがいいと思いました。ページランクとか勉強しよう。

 価格の面も勉強になりました。原価+2割のような積み上げパターンとバリューのパターンがあることを知りました。また、見積もりにおいてもやりたいことベースに積み上げるパターンと予算の中で、どこまでできるかといったパターンがあると思いました。

 ベンチャー特有かもしれませんが、お客さんのご要望と製品の開発が追いついていない状況で、どこまでバッファーを埋めるかということも、なかなかエキサイティングです。これは今後も続きそうです。 

<今後の目標>

この会社は、多分自然言語処理により特化できるようにしたほうがいいと思っています。そこで、目標は以下にしようと思っています。

1、自然言語処理機械学習の知識をより付ける

2、DB系の知識が足りないので補填する

3、製品のサポートできる範囲を広げる

4、システム導入の見積もりをできるようにする

5、切り分けの勘所をつかむ

6、引き続き、イノベーションと経済と組織論については考えていく。

この1年、ビジネスを軌道に乗せられるように頑張ります!!

IoTには3つある

あまり言われていることではありませんが、IoTには3つあります。

  1. Industry 4.0系IoT
  2. 3Dプリンター系IoT
  3. Web系IoT

1.は、工場の中の物がデータとして全部吸い上げられるということである。そのため、リアルタイムな生産管理ができるということです。これは、今まで各社が独自規格として提供していたデータなり、プラグがインターネットの規格と同一になって、つなぎ換え等もしやすくなってきたということに起因します。これとともに、人工知能の発達が機械の自立性を増大させるのではないかという期待がこれにプラスされています。

2.はCADが整備されてきたことに加えて、それなりに安い3Dプリンターが提供されていることで、CADをプリントするだけで、必要なものが充足されるのではないかということから、来ています。メイカー的な動きに近いと思われます。

3.は、RFIDタグとWeb系サービスの組み合わせで、今まで情報を取得できなかった対象にセンサーをつけることで、楽に管理できるというものです。これは、1と似ていますが、スマホや家電との連動がケースとしては多く、サービスであることが特徴です。

ニュースでは、これら全てIoTというので、よくわからなくなっています。実際被る領域もありますが、経済が異なっているので、これらの発想も異なっていると感じています。

プレイヤーも異なっているので、注意が必要だと思われます。